2005/10/23

第12投稿目~米米クラブ~

KOMEKOMECLUB2週間前、ラジオの番組ホームページで、偶然『米米クラブ』特集というのが目に入り、聴いてみた。

『懐かしい』と、そう思った。

好きだった。

あの時の鮮やかさは無くとも、今も変わらず好きだと思う。

そのラジオから流れてくる曲を、ひとつひとつ聴いていると、心が体が反応した。

…まだ、楽器店には『レコード』の並ぶ頃、KOME KOME CLUBのジャケットがその一角に見えた。

ライブハウスで培った勢いと『I・CAN・BE(1985)』というデビュー曲が鮮烈だった。

好きだった。

続いて、『Shake Hip!(1986)』や『sure danse(1987)』の様な完璧に創られた世界と、
『かっちょいい!(1985)』の様なエンターテインメントの世界の融合に、
メンバーひとりひとり、もともと持っていた力量もあり絶妙に良かった。

『実力。』に魅かれた。

しかし、沢山の人がカラオケで歌ったであろう『浪漫飛行(1990)』、『君がいるだけで(1992)』。

おそらく、このあたりが米米クラブの最全盛期であり、私自身も『STAY(1991)』の入ったアルバム『K2C』で聴くのを一度やめている。


『米米クラブ』のスタイル自体が変わってきて、また、規模があまりにも大きくなりすぎて、
何をやっているか、わかりづらくなってきたというのが、ひとつの理由である。


2005/10/21に20周年記念ということで、『米~Best of Best』が発売され、今回私もお祝いと、あとラジオで聴けなかった分も聴きたかったので、購入してみた。

今、CDを改めて聴き、『やっぱ、さすが』と思ったのが、『ア・ブラ・カダ・ブラ(1994)』。

圧倒される印象があるが、その圧倒は相手に押し付ける圧倒ではなく、
相手の力を引っ張り出すパワー。

『かっこいい!』。

『米米クラブ』は、私が最初に好きになったアーティストであり、私自身少なからずとも影響は受けていると思う。

その『米米クラブ』のアルバム、『KOMEGUNY(1987)』の写真を一番上に載せた。

そのCDでもない、LPでもない唯一購入したカセットは、
これまで幾度かの引越しや整理、カセットデッキの廃棄の機会をくぐり抜け、
19年後の今に至っている。

捨てようと思えば、ほんの数秒で無くなった物。

でも、その都度、『捨てられなかった』。

というよりも『残したかった』。


私にとって、その音楽は、アーティストは、そのカセットは、

決して消耗品ではなく、

あのとき好きになったから、現在の自分の一部に繋がっていると言っても過言ではないと思う。

その音楽はその場に留める為に在るのではなく、

振り返ったときに、自分の力となっていれば、それが結果となる。

ジャケットは、そうして振り返る瞬間に、忘れていた想いを鮮やかに思い出させる手段となるものであり、

ブックレットは購入したときに誰が曲を創って、誰が詞を書いて、どういう想いをこめて出来上がったのか、

それを購入者が共感して、ともに音楽を楽しむ為にあるのだと思う。

そう感じる存在が、『米米クラブ』のみで終わらなかったことに、

多数のアーティストに感謝したい。

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